「法」と「市民感覚(価値観)」との関係

「法」と「市民感覚(価値観)」との関係

かつて云われていた「歌は世につれ、世は歌につれ」。
歌の内容は、世の中の移り変わりで変化し、逆に、世のありさまも、流行歌によって変わっていくという意味。
まさしく、「法」と「市民感覚(価値観)」との関係もこれに似て、さながら、「歌」を「法」に変換すれば、「法は世につれ、世は法につれ」です。

この関係をふえんすれば、

① 市民感覚(価値観)が変わることで、その結果として、新たな法律が制定される(あるいは従前の法律が修正)パターン(価値観先行型)。

② 逆に、法律が先行して制定されることで、その結 果として、市民感覚(価値観)が追従していくパターン(法律先行型)。

このパターンの違いは、どこに表れる?

一つには、法律制定過程において必要とされる国民への説明責任の程度の違い。
「価値観先行型」の場合は、既に市民の価値観が一定の方向に変化・固定化しているため、それに合わせる形で法律が作られることになり、その場合には、市民への説明はそれほど必要でなく、当然のごとく、市民の価値観に合わせるように法律が作られていきます。
逆に「法律先行型」の場合は、市民の価値観が未だ一定の方向で定まっておらず、その段階で一定の価値観を有する法律を制定しようとする際には、市民への説明責任は必然的に高まる。市民の共感・納得を得るには相当の準備と説明が必要です。
以上のことを意識した政治の実践をしたい。

例えば、第189回国会で制定された、平和安全法制は、どちらのパターンだろうか。そもそも「集団的自衛権」という用語にしても、多くの市民にはなじみがなく、「法律先行型」と整理できます。

してみれば、少なくとも、市民への説明責任がかなり不足した中での平和安全法制に係る採決だったと思います。平和安全法制の私の考え方は、

① 憲法に係る解釈を基本的な点で変更する以上、法体系の理論に照らし、本来は憲法改正が筋だと思いますが、平和安全法制が制定済みです。そのため憲法の改正の話はさておき、この時点で、今後の問題点について、あくまでL字路交差点に立つ(実務)法律家の立場で自説を展開すれば、今後、自衛隊法に規定する「存立危機事態」の定義付けを更にしっかりと詰めていく必要があると考えています。そうしないと、将来、自衛隊法違反を起因とした各種処分(起訴処分・懲戒処分)が行われた際に、少なくとも、憲法31条との関係で問題が発生する恐れがあるからです。

※憲法31条って何でしょうか。

「一般的に刑罰に処せられる場合、何をしたらその刑罰に処せられるかが、通常人においてあらかじめ一義的となっていなければならない」と云われています。これが憲法31条の一つの要請です。この要請は、善良な市民が理由も定かでない罪で突然拘束されることを防止するものとして民主主義国家の要諦とされています。

② 例えば、「存立危機事態」があるとして防衛大臣が自衛官に防衛出動命令を出します。「存立危機事態」が意味するところが明確でないときは、その出動命令が、そもそも「存立危機事態」のものとで発せられたか否かが判然としません。中にはその命令に従わない自衛官が現れる場合があります。
その場合、防衛大臣は、命令に従わない自衛官を懲戒処分に付する一方、検察官は、自衛隊法違反ということで自衛官を刑事起訴することが想定されます。確かに、その命令に従わないこと自体が自衛隊法違反そのものだとの考えもあろうかと思います。しかし、法治主義のもとでは、「存立危機事態」が発生し、そのもとで合理的に命令が発せられたといえなければ、処分や処罰が困難です。

③ 今回の「存立危機事態」も、国会で必ずしもその意味するところが一義的になったとまではいえないのではないでしょうか。今後、平和安全法制の憲法判断を裁判所が求められるとすれば、

(1)自衛隊員が上記のように命令に反するなどして懲戒処分を受けた際、その処分の取消しを求めて提訴した裁判

(2)刑事起訴された場合の裁判

が想定されます。

憲法9条関係については、裁判所は、いわゆる「統治行為論」(国会の判断を尊重し、高度に政治的な事柄については、司法判断を避けるべきとの理論)を使って憲法判断回避の可能性が高いですが、少なくとも、憲法31条の関係では、憲法判断がなされる可能性もあるように思います。

④ 結局、今後も、少なくとも、「存立危機事態」が何を意味するかについて、一義的になるように、各種議論を通じて限定していかなければならないと思っています。ちなみに、私は、訟務検事といって、国の弁護人役で行政裁判などに関わる仕事をしていた際、いわゆる「反戦自衛官」の訴訟を担当したことがあります。反戦自衛官が命令等に違反したとして、人事権者から懲戒処分を受け、その処分の取消しを求めて反戦自衛官が提起した訴訟でした。

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